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2012/12/19 (水) 06:04:55

14さじめは「私を動かす私はいくつ?2」

時間料理の仕方



<14さじめは「私を動かす私はいくつ?2」>


さて前回からの続き。

「ねえ、私たちの体は年々、老いていくわけだけれど
その体を動かしている自分は何歳だと思う?」

という質問を何人かにインタビューしていたところ、
なかなか中身と実年齢が一致している人には会わないのであるが、
とうとう遭遇するのである。


初めて中身と実年齢が一緒の人に出会った私は聞いてみた。

「どうしてそう感じるの?」


           


2児の母であり働く女性な彼女は
「そうだね~。この子が何歳の時は自分は何歳だ・・・と
よく確認しているからかな」
と答えてくれた。


そうなんだ。

いつもこまめに自分の年令を確認しているから、中身も一緒に歳をとっていけるのだ。

この時(歳)に何をしていたかを実感出来ていれば、その歳を生きられる。
自分が自分を確認できれば、自分のその歳を生きられる。


           

     

インタビューしてみた人達は私と近しい人であったので、
彼ら彼女らの中身の年令の時にどんな感じだったのか、
それ以降の生活がどんな感じ
だったのかをおぼろげながらも知っている。

だから
彼ら彼女らはあの頃(中身年令の頃)は忙しくても、
自分自身を実感して生きていたんだな・・・と想像が付く。

あの頃から後の人生で
仕事に忙殺されたり、結婚したり、子育てに追われたり、
離婚したり、介護したり・・・と様々な想定外な運命の事柄に
巻き込まれて、
知らぬ間にとった年月を思い返してみる。


もし、あなたが実年齢と中身の年齢が違うのであれば
止まった中身年齢の頃を考えてみて。

まずその時の自分が何をしていたのか、思い出してみる。

そしてそれ以降の、「想定外だったかもしれないけれど、
自分のしてきた経験と人生」を確認する。


若い頃ぼんやりと想定してた「大人」とは、今の自分は違うかも知れない。
このくらいの年齢だとこのくらいの子供がいて、仲人なんてやってたりして、
礼儀作法もなにげに染みこんでいて・・・なんて漠然とした「世間的理想大人像」とは
かなり違っているかも知れない。

でもたぶん。
中身年齢と実年齢が一緒な彼女だって
それはそう感じているに違いないのだ。

「世間的理想大人像」と自分は違っていたって、中身と実年齢は一緒になる。




           


今の時代、人それぞれに大幅に経験が違ってきてしまうけれど、
「世間的理想大人像」が経験すべきことをしていなくても、
ちゃんと歳をとる方法はあるはずなのである。


欠けた一般経験のせいでちゃんとした大人になれないのではなくて、
まず自分のした経験はカウントしておくのだ。
その上で出来なかった経験を認識しておく。

知らない事ややったことがない事はわからない。
でも、他の事から想像して思いやる能力を持つ。
あるいは調べることにする。
例えば本当に「礼儀作法のちゃんとした大人」になりたかったのであれば、
そのままで自然になるわけじゃない。
今から勉強しなければならないのであり、
すれば今からなれると気づくのである。


           



そう思えたら、
おばちゃんガンダム・ロボに搭乗してる「私」が急に大人になってきた。

「私」は大切な戦いをちゃんとしてたのだ。
たいしたことないと思っている
その戦歴を讃えてあげなければならない。

私自身と、
私の質問に答えてくれた友人、知人の
これまでの戦歴を思いやる。
理想やこうあるべき・・・な戦いではなかった「いくさ」を思う。

「大変だったね、すごいな、立派だな、まったく無駄じゃないよ、
いろんな事をやってきたね。
あなたは自分のためだけじゃなくて他人のためにも役立っていたよ・・・」と
沢山声をかけてあげたい。


そして戦いを経た主人公は
成長していたんだと
気づいてやるべきなのである。

大丈夫だ、私アムロ。

   +++++++ 






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